映画レビュー

グレン・クローズの芸達者ぶりに圧倒された『天才作家の妻 -40年目の真実-』

(C) META FILM LONDON LIMITED 2017


ノーベル文学賞を受賞した作家と、その夫婦にまつわる疑惑をめぐるサスペンス。とにかくグレン・クローズの演技が見事としか言いようが無かった映画だった。その疑惑というものが、ノーベル賞を受賞した夫である作家の作品は、その妻が書いたのではないかというものだった。
ゴーストライターであるか否かを直接的な台詞ではなく、真実への不安や葛藤、夫への疑心などの感情を表情だけで物語っていくグレン・クローズの繊細な演技に全てが支えられている映画だった。ノーベル賞の授賞式でスピーチする夫を見つめる、なんとも言えない表情が怖くも悲しくも切なくもあった。流石は大女優だ、御年72歳の高齢で主演を務められるのは彼女かヘレン・ミレンか、メリル・ストリープかだけだろう。今年の賞レースで主演女優賞を独占しているらしいが、オスカーを獲得したも同然と言えよう。

大なり小なり人生何十年と生きていれば秘密や失敗は誰しもあるだろう。逆に、そんなミステリアスさがその人の魅力になっていたりもする。どこか影のある人間の方が興味惹かれる感じ。
次第に、その疑惑を嗅ぎまわるノンフィクション作家が現れ、事実の真相を探られてから、彼女の中で何かが芽生え始める。それは、「尊厳」であったと思う。名誉よりも尊厳。本当は自分が書いたという事実をひた隠しながら、ヒモ気質というか利己的で浮気な夫に「妻は文学的なことは分からない」と話のネタにされる屈辱。今まではそんな夫への憎悪と嫉妬心を創作にぶつけて昇華させられてきたけど、彼女にも我慢の限界があった。遂に、晩餐会で爆発してしまう。彼女は決してノーベル賞が欲しいわけではない、認められたくなったのだ。作品でなく自分を。実際に送迎車の窓からノーベル賞のメダルを投げ捨ててしまうシーンなんか滑稽でおかしかった。

[PR]


結局は人間ってそういうもんなんだろうと思った。名声よりも承認欲求の方が勝ってしまう。だから、よく海外なんかでは売れまくっている人気曲に楽曲が似ているとかでマイナー側が訴訟を起こすなんてのもそうだし、『カメラを止めるな!』のパクリ騒動も結局はこういう認められたい欲求だと思う。個人的な話になって申し訳ないが、よく分かる。若かりし頃に、まだ就職氷河期真っ只中で、大卒でも契約社員で入社して、正規雇用の上司がテイタラクなアンポンタンだったんだけど、大きな仕事を成し遂げた際に、ほぼ自分の成果だった事実があったのに、全部その上司の手柄となって昇給とかもしてて、自分にはコーヒーだけって時があったんだけど、給料を上げてくれとか以前に、俺がやったんだという認知だけをまずは求めたっていう。あの当時は相当に悔しかったなぁ。


男尊女卑なんて能天気に言って満足しているのも男だけ。どんだけ内助の功に徹する女性といえども、所詮は男を手のひらで転がしているもの。帰国の飛行機の中で息子に「帰ったら本当のことを教えてあげる」と言った彼女の表情は何故か辛気臭さが微塵もなく明るかった。ノンフィクション作家には疑惑を否定し夫の威厳を保ちつつも、一方で暴露本でも書きそうな危うさも感じられる彼女の気持ちの真相は彼女しか分からないまま結末で幕を閉じる。

(文・ROCKinNET.com編集部)
※無断転載・再交付は固く禁ずる。引用の際はURLとサイト名の記述必須。

[PR]



[PR]

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でROCKinNET.comをフォローしよう!

ピックアップ記事

  1. アナタが行くヤツ、それ本当にフェス?フジロックが世界の最重要フェス3位に選出!
  2. ELLEGARDEN復活ライヴを観る!10年の活動休止の先にあった変わらない尊さ…
  3. 映画『アントマン』では味方だった猛毒蟻“ヒアリ”について徹底解説!
  4. 『娼年』の実写化で性に真剣に向き合った監督と、素っ裸で腰振りまくった松坂桃李に敬…
  5. 初の武道館公演を控えるマイヘア椎木ってナゼ好かれるのか?彼の魅力を挙げてみる!

関連記事

  1. 映画レビュー

    『ザ・プレデター』でプレデターはコミック化した

    誰もがプレデターがどれほど無敵で恐ろしい存在か知っている。…

  2. 映画レビュー

    【映画鑑賞日記】ドクター・ストレンジ

    いろんな映画を観ていると時に、その映像に驚愕する時がある。…

  3. 映画レビュー

    『バリー・シール/アメリカをはめた男』を見て感じた、貯蓄額の多さと幸福度指数は比例しない!

    まさに狂想曲。金に物を言わされ、米国そのものに踊らされるバリー・シ…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

人気の記事

  1. ニュース

    またもコンサート会場が狙われる「米国史上最悪の銃乱射事件」から音楽ライヴ運営の将…
  2. ライブレポート

    ELLEGARDEN復活ライヴを観る!10年の活動休止の先にあった変わらない尊さ…
  3. 映画レビュー

    【映画鑑賞日記】ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス
  4. ハリウッド

    【実は悪事を働いていない?】『美女と野獣』の悪役ガストンから読み解く、強さを求め…
  5. 映画

    ピーター死亡?アベンジャーズと違う?話題の映画『スパイダーマン:スパイダーバース…
PAGE TOP