国民的アイドルグループ「SMAP」の解散は、正しく国を揺るがす大事件となった。同時にパンドラの箱であった、ジャニーズ帝国への世間からのバッシングまで引き起こす事態となり、香取、稲垣、草なぎは、ジャニーズ退所組としても、従来のようにジャニーズの圧力によって、弱小タレント化することなく、世間の注目を浴びることになる。ジャニーズとテレビ局との忖度なのか、主要番組が次々に終わり(終わらされ?)メディアから姿を消しつつある三人であるが、元SMAPマネージャーの飯島女史の敏腕プロデュースによる反撃として注目されたのが本作だった。
まず、この映画がテレビでのプロモート無くして、ここまで話題になりヒットにも繋がったことが賞賛に値する。AmebaTVなどジャニーズの弁慶の泣き所とも言える「ネット分野」で三人を活動させ、ジャニーズの影響を受けさせない。映画も然り。そういう意味では、日本の芸能史においても、重要な作品と言えよう。この作品が、世間に受け入れられるというのは、保守的なテレビ界・芸能界の常識を覆す現象だからだ。
ただ、奇抜なことをしようと力んだのが逆に裏目に出た感があった。思い起こすのは無駄なハイテンション・オムニバス映像作品「グラスホッパー」だ。もう20年前にもなると思うと驚きだが、当時は革新的だった。今見ても、ああいう映像作品は無い。あれのような映像監督の利己的なセンス優先なだけの映像集が、この映画に近いなと。
個人的にお気に入りは『慎吾ちゃんと歌喰いの巻』で、歌声を失った香取慎吾が「夜空のムコウ」や「君色想い」を歌おうとすること。最終的には「やっぱアレだな」と「せ・・・・・・」と言葉を発する。言わずもがな、あの曲だ。禁句とされるSMAPネタをやんわりと取り入れる監督のセンスに感心する。
それくらいだったかな。園子音も爆笑太田も期待を上回るほどの物を作っていない。園子音なんて、あれだけ辛烈な「キムタク否定」をしといて、スマスマ出演したらキムタクに「是非ご一緒に映画を」なんて抜け抜けと発言する腑抜け。それが、今頃になって、また反ジャニーズ側で映画を撮る。ポリシーみたいなものないのかなって。もともと彼の映画は好きではないので、どうでもいいけど。
爆笑の太田は、作品自体は悪くないと思うし、全ての映画の伏線を回収する手腕が見事で、松本人志とは違って、きちんとした映画が撮れる証明にはなったけど、意外に教科書のような映画を撮るんだなと。意表を突くものが一切無かったのは、彼のキャラにも合わないし、才能の発揮にも繋がっていない。北野武にはなれないのかなと思った。
しかし、流石は元SMAPだ。数多くの映画やドラマ出演歴がある三人である。特に稲垣は『十三人の刺客』での悪役の好演が評判を呼んだ。香取も『こち亀』や『西遊記』、三谷幸喜映画の常連組としてコメディアンの評判は高い。草なぎも『任侠ヘルパー』のような今回の『光へ、航る』と同じ極道役から、『黄泉がえり』のような感動作まで、多様な感情表現と演技に定評がある。新人とは違うという力量を見せた三人は、やはり元国民的スターなんだなと感じずにはいられなかった。
ただ、奇をてらった作品作り、風変わりなことをしようという意思は伝わってくるが、やってることはスマスマだった。シュールなコントと、歌とダンス。SMAPが何十年とやってきたことそのもの。シュールなだけで、真新しさが無い。本当は王道でいいんだよね。アクション系にせよ、ヒューマン系にせよ、無駄にアーティスティックな方向に行かない方が、万人に受けられる。これでは従来のSMAPファン向けでしかない。現に劇場内は40~50代のSMAPファン歴云十年のお姉さま方が多かった。内輪ノリではジャニーズ帝国は倒せない。個人的に望むのは、近年後のSMAPの再結成であるからだ。勿体無いんだよね。解散すべきものと、残すべきものがある。SMAPは後者だった。事務所のゴタゴタな事情に巻き込まれて空中分解するような、そんな生半可な存在じゃないのだから。そのためにも、三人にはどんどん頭角を現してほしいから、こういう中途半端な非王道的な映画じゃなくて、有無言わさない名作に出てほしいなと。再び大衆の象徴のような存在に戻ってほしいなと心から願うばかりだ。中居が鍵を握ってるのは間違え無さそうだが。
(文・ROCKinNET.com編集部)
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